11.07.2007

時間の流れ



昨日は陶芸教室の最終日。なんだかあっという間の2ヶ月だったな。
週に一回しか通わなかったけど、その一回がとても充実した時間になるなんて今は予想以上の満足感でいっぱいです。
そして次のステップはこの満足感をどうゆう方向に繋げて持続させていくかということかな?

とりあえず、昨日ほとんどのモノに釉薬を塗り、後は焼き上がってくるのを待つのみという予定のはずだったのに...
実はまだお皿2枚がビスク焼きからあがってなくて、釉薬塗りが終わってない。もう陶芸教室終わっちゃったし、どうやって2枚に釉薬をつけて完成させるかっと作戦を練らなくてはいけないことが残ってしまった。

あまりにもたくさんの佳作や実験モノを作りすぎたせいかとっても最終日までに全てを完成させる事が難しかった。写真作品の制作プロセスでは多いに時間を機械的にコントロールできるのに比べて、陶芸作品の制作プロセスは自然に流れていく時間に自分がどんな形でどのように調和していくことでコントロールする事ができるように感じる。写真の一連の短時間作業に比べて陶芸の時間は一節が長い。だからその分きっと時間の流れとの共存を強く感じるんだろう。粘土を削るために適度に乾くのを待ってるのは植物の成長を観察してるようで新鮮で楽しい。


週一回の2時間だけで学期内に全て終わらす事は無理なのは十分予期してて、先々週から少しだけ家に持ち帰ってきて作業をして、家での作業だから時間制限もなく、焦る事もないし、作品とゆっくり対話しながら何か形に仕上げていく事ができて、増々陶芸の魅力に吸い込まれていってます。

そんなわけでうちのアパートのキッチンの床は粘土で汚れ、居間の床は旦那の写真だらけで日に日にうちがlive&workスペースに変貌していってるだけど、こんな雑居空間が私に特別なオーラを与えてくれていて、最近うちが本当に居心地がよく住みやくなったなと感じる。

家に陶芸スタジオがあればいいのにな。

10.15.2007

スタートが遅いんだよ


決してはじめてのことではないんだけど、“中高とその機会があったときちゃんと勉強しておけばよかった”と思うことが多いにある。
今からでもきっと遅くないとよく人は言うけど、私の場合 学びたい事がたくさんありすぎてどこからはじめればいいのかわからない。
持続性にも欠け気味であるけど、なぜか学習意欲と学習成果がシンクロナイズしていないみたい。


その代わり、ただひたすらに自分の不器用さが目立ってて、
穴があったらもぐりたい。。。

10.14.2007

かあちゃん


There's something I've wanted to write about for a couple of days.
I haven't been able to bring myself to writing about it. It brought me a great depression and unbearable feelings and I am having very difficult time dealing with it.

I knew though, I must keep a record of this special yet very sad day somehow.
I feel like all I can do now is to acknowledge her death and accept it and I will remember her as long as I live to pass down her story onto my decendents.

My beloved grandmother, Aiko 愛子 died on October, 12th 2007 at 6:25pm.

She was living in Niigata prefecture, which is in the nothern part of Japan. She was born in May 19th, 1923 (Taisho12)in Chiba, and grew up in Itabashi, Tokyo. She had experienced both the great Kanto earthquake and the Niigata earthquakes. She lived through WWll and often told me about the air raids. She was married to Toyosu who was a Navy pilot (b. March 5. 1915, Taisho4 - d. 2004) of Niigata when she was 18 years old. They had 3 girls and 3 boys and she was my mother's mother and my mother was their 3rd child. Since my father's mother was already deceased when I was born, grandmother Aiko was the only grandmother I have ever known.

All my life, I have been living quite distance from her. Between living in Tokyo and in the USA, the distance from whichever were far enough for me to not see her so often.
Now she is gone from this world and the confirmation of her death by my mother's mail brings me the realization that I will never to see my grandmother again. I hardly understand how to consolidate my sense of loss, disappointment, and regret. The sense of loss is greater than I imagined, I am regretting because I am so far from her and not being able to say "goodbye" for the last time.
Tears well up in my eyes at ramdom hours.

Will I ever be able to move on?
What does it mean to move on?
My physical life here is moving forth. I will wake up tomorrow and I will have another day.
But I just feel so empty, all my emotion has been evaporated into thin and colorless air so that I can't seem to get a grip on it.
It feels like I have a huge hole in my heart and that my body is moving involuntarily without my soul.

My only consolation for now is to think for her... she is with my grandfather finally and that is where she wanted to be since my grandfather's death 3 years ago. I believed she lived her life fully and I know now she will be always watching over me.

I wish she will rest in peace with her loved ones forever.

10.02.2007

food for thought

朝 窓から差し込む温かい光を浴びながら、
ちょっとヘーゼルナッツのアロマが漂うコーヒーを飲みながら、
コンピューターに向かってメールをチェックする。

「あ〜あ」と背を延ばした瞬間、窓に反映した私の手の影。
そしてその手の影が造り出す形に魅了、遊んでみる。

バックグラウンドにあるコンセントが気になる。

こんな瞬間は多分私が気づかないだけで、
1日中にたくさんあるんだろう。
もっと私のアンテナを敏感にしてしっかり観察したい。
そしてもっとこんな瞬間を大切にしよう。



影 (shadow),
反映 (reflection)
層(layers) over lapped times=past, present, future, co-existence
things that are left to be reminded...
maybe something like carcass?
it might be drier than that.

9.20.2007

昔、造った物達



昨日久しぶりに陶芸教室にいった。
この陶芸教室は家から徒歩で行ける距離にあって、そしてサバナ市営なので受講料もフレンドリーである。
東京に住んでいたときに通っていた陶芸教室を4月に辞めてからもう既に5ヶ月も経過してしまった。東京ではハンドビルディングのクラスだったから、粘土を紐状にして作りあげていく紐造り、または粘土を玉のようにしてから中を開け高さを加えていく玉造りなどの各種の手法を習った。

今回サインアップしたクラスはろくろを使って陶器を作るクラスだ、そしてコミュニティークラスだからか基本的に自由制作。
自由制作は私の造りたい物が実際に造れる機会ではあるけど、今の自分には自由制作できるだけの技量がない。大切にしたいのはこの時間を自分にとって有意義ある時間にしたいということ、そしてそのために「まず計画を立てよう」そして「なにがしたいのか明確にしよう」と思う。

















大学2年生のとき選択科目で陶芸クラスを取る機会があった。そのとき以来ろくろを使うことなどなかった。そのせいか、結構色々と詳細な手順を忘れていた事に改めて気づいた。そして何よりもショックだったのは粘土をろくろの中心にあわせる感覚が摑めない。一度習得した感覚を失ったと確信したときは井戸の底に落ちていくよう。ただ葛藤と余分な力だけが手に入る。
周りを見回すと、半数はさくさくと器らしきものを造っていて、半数は私と同じように粘土とともに回転運動をしている。
そして私の前に座っているおばさんはもう既にギブアップしてしまったか、粘土とともに放恣状態なままそこに座っている。そして先生はそんな彼女に「楽しまなきゃ」といって丁寧に手取り足取り救いの手を差し伸べている。
私はそんな状況を片目で観察し、もう反方の目で、どうしようもないくらいオフセンターに回転している粘土を見つめながら。。。このクラス(ろくろ初心者クラス)に登録したときから、「初心の気持ちでまた陶芸を始めよう」とおもっていとたことを思い出し、頭を切り替え、気を取り直し、再度挑戦!!

そして今は昨夜の感覚と経験が体と頭に鮮明に残っていて、水曜日が待ちどうしくてたまらない。
確実に週1ペースじゃ物足りない。
今回はもう登録期間がすぎてしまったからもう一つクラスを加える事はできないけど、次回は週2回にしようかな。。。と思案中。

※写真は大学生時代に造ったもの